ふれんどりぃの郷の利用者だった方が入院して病院から胃ろうをすすめられ困っているとケアマネが聞き、ケアマネが現在胃ろうを付けている利用者の家族との話し合いの場を昨日2時に設定してくれました。現在胃ろうをしてる人2名の家族、胃ろうを考えてる家族1名、今回入院中の家族2名、ケアマネ、私の7名で行いました。胃ろうが延命治療と考えるか食事と考えるかでするかしないかが変わっていきます。私の母も胃ろうをしました。言葉も出なくなり食べ物も飲みこみが悪くなり、医者より胃ろうをがすすめられました。その時は何の迷いもなく胃ろうにしました。家に連れて帰りたいという気持ちがありましたから、胃ろうが家では介護しやすいということからです。胃ろうをするころは、認知症はあるものの意識ははっきりしていましたから、言葉は出ませんが反応はありました。そんな状態の母に胃ろうをしてもいつか食べれる日が来ることを信じていました。いくら医者が良くならないといっても、奇跡がおきると信じていました。胃ろうをして4年近く生きましたが、口から食べれなくなった母はだんだん反応がなくなりました。『何か食べる?』と聞いても首を横に振るだけで生きる意欲を失っているように感じました。結局寝たきりの状態が長くなったんです。ふれんどりぃで何人か看取りをしていますが自然な死を迎える人たちを見ていると、胃ろうにすることが良かったのかはよくわかりません。まだわかっているときに、食べたいという意欲があるときに、思いっきり好きなものを食べさせたほうがよかったのかな、それが自然な人の最期かなとも思います。でも、家族はどんな形にせよ生きててほしいですよね。それも当り前の気持ちです。今胃ろうをしている2名の家族は、胃ろうにしてよかったと言っていました。「生きる』ことを真剣に考えた時間です。いろいろ話をしてとてもいい時間だったと思います。こんな場を設定してくれたケアマネに感謝します。